2012年1月。今年最初に訪れた東京。
本当に驚いたのは、日曜日の銀座の風景だった。
メインストリートの歩行者天国には、老若男女が溢れ、
様々なブランドの紙袋を手にした客で満ちている。
平和で幸せな空気が流れている。
また、個人の収穫として、これまでのことに風穴をあけるような、
プロジェクトや店舗の息吹を至る所に見つけることができた。
それは往々にして、若い者から興り、諸外国に引けを取らない。
むしろ、一歩先を行く。
大資本や数で押し切る旧来の手法を冷ややかに見ている。
成熟した市場だからこそ、センスやウィットで“クスっとさせる”
この感覚が大事なんだと思う。
この街には、それを既に実践する者がいる。
宿泊先の友人が、ふざけて自分の写真を撮った。
僕は最近、自分の写っている写真を残そうと思っている。
それは、家業を継いでから、「生活の記録」
というバランスを欠いていた気がするからだ。
家族や友人の大切さを見直すことができた昨年の出来事は、
「僕個人の記録」というところにも、例外なく影響を及ぼした。
仲間との写真をWebの媒体に残したい、そう素直に思う。
個人の発信が容易になった時代の変遷は、
これまでの誰の感覚より速くなった。
それでも人の心っていうものは、
そんなに早くは変わらないのだろう。
珍しく雪が舞う寒空の東京。
それでも人は街に出て、何かを求め、彷徨う。
僕たちも、そのうちの一人だった。
震災以降の東京で、内需の頼もしさを感じた。
そしてそこに、この街の、この国の潜在的な強さを想った。
Cely